2015年5月18日(月)。広島市にあるグループホームである事件が起きました。入居していた82歳の女性が2階から転落。その後、搬送先の病院で死亡。警察は1人の介護福祉士を保護責任者遺棄で逮捕しました。
マスコミでは介護士の判断が間違っていたという報道でしたが、私は今回の事件の背景に、様々な考察ができると思います。
グループホームとは
そもそもグループホームとはどういった施設なのでしょうか?
グループホームとは、認知症の高齢者が5~9人の少人数のグループで共同生活をしながら、介護や日常生活の世話、機能訓練を受けられる地域密着型サービスです。認知症高齢者グループホームや認知症対応型共同生活介護とも呼ばれています。
グループホームには認知症が重症化した高齢者は入居が出来ず、状態が安定している認知症の高齢者が多いのが特長です。
ニュース映像を見るからに一見普通の民家のような建物ですが、内装をバリアフリーにするなど、介護用に改装して、7人の認知症の高齢者が共同生活していたそうです。
2000年から介護施設の新形態として始まったグループホームは認知症介護の最後の砦とも言われていました。認知症をかかえる高齢者を、その地域全体で支える地域密着型サービスとしても注目されています。
グループホームの主な目的は認知症の進行を穏やかにすることと自立支援です。ですので、重度の認知症の高齢者や介護度が高い高齢者は入居することができません。
今回の事件について
今回、広島市のグループホームで起きた82歳認知症女性の転落死ですが、私はいくつか気になる点がありました。私自身も介護士なので、逮捕された介護福祉士の方がどういった状況だったかもよく分かります。
窓に格子やストッパーがなかった
まず一番の原因は、女性の部屋の窓に何の工夫もされていなかったことだと思います。私が働く有料老人ホームでは、窓が全開にならないようにストッパーが付いています。
これは認知症の度合いに関係なく、最低限行うべき配慮だと思います。施設の管理は施設長の責任。そしてグループホームの設備を監督する政府の責任ではないでしょうか。
女性は普段からとても元気な高齢者だった
また、今回亡くなられた認知症の女性は、普段からよく動き回り、会話も多くなさる方だったそうです。報道では「2階の部屋のベッドまで運んだ」とありますが、もしかしたら自ら歩いたのでは?だから介護士はそこまでの緊急性はないと判断したのでは?など考えてしまいます。
認知症の高齢者は痛みを訴えない
私が働いている有料老人ホームに入居している認知症の高齢者の中には、痛みを全く感じない、または感じても職員に言わないといった高齢者がいます。
転落した女性は骨盤も骨折していたそうです。頭を打った場合は徐々に症状が悪化して即座に判断しづらいですが、骨盤の骨折なら既に相当な痛さのはず。それでも救急搬送しなかったのは、おそらく女性が痛みを訴えなかったからなのではないでしょうか。
夜勤で1人という状況
女性が転落したのは早朝の6時頃。ちょうど他の入居者が起き始め起床介助などで夜勤業務のピークです。おそらく多くの業務に追われて、正しい判断ができなかったのではないでしょうか。
施設責任者に連絡している
逮捕された介護福祉士は、女性を2階に運んだ後に救急車を呼ぶかどうか施設の責任者に確認をとっています。しかし救急車を呼ばなかったということから、施設責任者も介護福祉士と同様の判断をしたということです。これは1人の介護福祉士による保護責任者遺棄で片付けてはいけません。
キャリア10年の介護士
逮捕された介護福祉士は専門学校を卒業後、このグループホームで10年働いています。同じ施設で10年働く介護士はベテラン中のベテラン。
もし明らかに救急が必要だった状態であれば「よくそんな意識で10年も介護士をでやってこれたね」ということになりますが、そうでなければ貴重な介護士の未来が失われたということになります。
迷ったら救急車を呼ぶ
私も介護士なので、逮捕された介護士の立場を考え、どうしてもかばいたくなります。ですが、一番の問題点は介護士の判断力にあると思います。
頭を打って血を流していたらすぐに救急車を呼ぶ。そして、むやみに動かさないこと。
これは介護だけに限ったことではありません。救急車を呼ぶことをためらう人もいると思いますが、今回のように、自分が誰かの命を守る立場にあるならなおさらです。
小さな判断ミスが、誰かの人生、そして自分の人生を大きく変えてしまいます。
ある日突然家族を失う人。ある日突然犯罪者になってしまう人。
その先のこともしっかり考えて行動することが大切なのかもしれません。
夜勤一人体制の施設では、救急車を呼ぶ前にもう1人職員を呼ぶことが先決としている施設もあります。というのも、仮に救急車が来ても職員1人では同行できないからです。
そういった点から考えても、この介護士から連絡を受けた施設責任者は、早朝の時間に誰かを出勤させるという迷いが生じたのかもしれません。
しかしながら、いかなる理由でも救急車は呼ぶべきです。救急車に乗って同行できなくとも、救急隊による応急処置は受けられます。一番大切なのは命です。施設や職員の都合は二の次です。
マスコミの伝え方と政府の考えの甘さ
私は今回の事件のことを、とあるニュース番組の特集枠で知りました。「認知症」という言葉が世の中に知れ渡り、マスコミはこぞって認知症の特集番組を放送しています。
介護に対する意識が高くなることは個人的にも嬉し限りなのですが、まだまだ間違っている報道も多いようにも感じます。
今回書いたように、介護士が逮捕された背景には、施設の設備問題、責任者の意識の低さ、夜勤職員の人数の問題など他の要因もたくさんあります。
それを「介護福祉士を逮捕」といった言葉でまとめてしまうと、介護士単体による犯行といった間違ったイメージが植え付けられます。
本当の意味で日本の介護を問題視するのであれば、マスコミはもっと視野を広くして、介護の根本的な解決策を見出すことが大切なのではないでしょうか。
参入壁の低い介護ビジネス
また今回の事件は政府の考えの甘さも浮き彫りにしています。グループホームという名の地域密着型サービスですが、民家を改装しただけの建物を介護施設として運営してもいいのでしょうか。
介護ビジネスとも言われるように、こうした簡易的な施設で介護事業に参入する経営者が増えているそうです。国から提示される条件を満たした建物なら、介護施設として運営してもいいという許可がおりているからです。
今の日本には、介護を受けたい高齢者があふれています。例えるなら、保育園よりも敷居が低い福祉事業です。
施設を建てればすぐに人が集まる。人が集まれば国から介護報酬という助成金が貰える。そんな考えで介護事業を始める無知な経営者が年々増加しています。
本当にこのままでいいのでしょうか?介護施設が増えればそれでいいのでしょうか?
「普通の家だと思ったらグループホームだった」というような施設は全国に数万とあります。ですが、その中ではどういった状況で介護が行われているか、周囲は知る由もありません。
高齢者虐待、身体拘束、ネグレクト。
政府は今の介護の現状を早急に改善するべき。運営実態の再確認をはじめ、設備条件の改正。やるべき事はたくさんあります。
そして、これから介護施設への入居を検討している高齢者、またそのご家族は「本当にその施設で問題ないか?」「ちゃんとした介護が受けられるか?」「今後の人生を楽しく過ごせそうか?」などを十分に検討してから決めるようにして下さい。
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