悩み

子供のために老人の命を犠牲にしていいのか?

子供のために老人の命を犠牲にしていいのか?

「保育園落ちた日本死ね」で世間の保育園不足が注目を浴びている中、ツイッターのタイムラインにとあるツイートが流れ込んできました。

もちろんこの方は育児経験か介護経験のどちらかがおありでしょうね?まさかどっちもないのにこんな適当な発言をしているなんてことはないでしょう。まさかね。でも、そんなこと別にどうでもいいんです。発言は個人の自由だから。

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自分の親でも見殺しにできる?

大抵のことであればスルーします。が、今回ばかりは許せませんスイッチが入ってしまいました。

発言は個人の自由だから。

誤字:自体 → 時代

老人よりも子供の命が大切?

こんな発言も飛び出しました。

言っておきますが、命の軽重はありません。というか、こういう思想は持っていても口に出した時点でアウト。そもそも、今の日本って高齢者の延命を犠牲にしなければいけないほど、子供の命が危うい状態なんでしょうか?

もし仮に、延命治療で社会保障費を食いつぶいている死に損ないの老人の命が無駄というのであれば、障がい者はどうなるのでしょうか?成人を過ぎても一般企業で働けない障がい者が、授産所という障がい者の労働支援施設で、税金を使いながら赤字の仕事をしている現状を知っていますか?

遠回しに、健常な子供に未来があって、障がいを持った人には未来がないと言っているようにも聞こえました。

待機児童と待機老人

待機児童約2万人
特養の入居待機高齢者約52万人

命に軽重はありませんが、この数字で高齢者福祉がやばいってわかりませんか?

虐待除いて保育園に入れなかった子供の死亡例ってどれほどなのでしょうか。ちなみに、高齢者の孤独死は年間3万人で、介護に関わる自殺は年間300人以上です。(適当に調べたので「ソースは?」とか言う人はめんどくさいんで各々確認してください。得意のインターネッツを駆使して。)

保育も介護も両方大切

例えばの話し。自分には生まれたばかりの子供がいる。認可保育所にも落ちて毎日に育児で忙しい。そこに母が倒れて介護が必要になったという連絡があった。あなたならどうするのか?もしかすると「すまん母さん。頑張れ。」と突き放してしまう人もいるかもしれませんね。特に上記のような思考の方々は。

でもこの時取るべき行動は「子供を背負って介護する」なんです。比喩ですよ。実際はもっと最善策があるでしょう。でも、これが今の日本に求められる方針ではないでしょうか?

待機児童問題を改善するための予算は、死にそうな老人の切り捨てから捻出するものではないんです。削れるコストは他にも沢山あるでしょう。それこそ議会で居眠りする議員を大量に削減しましょうよ。

介護の闇を知って人生観が変わった

育児の終わりは、寂しくもどこか嬉しい親離れ。例えるならまるで光のようです。トンネルの先に明るい景色が広がるイメージです。育児経験がないので単なる無知野郎のイメージですが。

ですが、介護の終わりは死でしかありません。それ以外は存在せず、まさに闇です。トンネルの先には今にも消えそうな弱々しいロウソクの火が見えて、近ずいたら消えた。

でも、そんな闇の中でも必死に頑張っている方が沢山いる。

私がこれほどまでに介護に、そして特に終末期(ターミナル)に対して熱くなる理由は他でもありません。経験があるからです。いえ、正確には今まさに経験しているです。

一度、こちらのブログの記事を読んでみていただければ分かると思います。

胃ろうのメリットやデメリットは?介護士と家族目線の実体験を交えたリハビリ奮闘記
こんにちは。スノボの人ではなく介護士の方です。今回はちょっと重たい話ですが、胃ろうになった父と私たち家族の実体験を交え、…

嫁の父、つまり義父が胃ろうでかなりヤバイ状態です。最近まで特別養護老人ホーム(特養)に入居していたのですが、肺炎が悪化して病院に入院しました。

でも、一番見て欲しいのはアフィリンクだらけの本文ではありません。記事のコメントです。ちなみに当時の自分の心境はこちら。

実体験を生かそうと書いた記事にこれだけの反響が、そして深い悩みの相談がいくつも送られてくるとは思ってもいませんでした。

胃ろうを間近で見ているとはいえ、医師でもなければ介護士でもない。中途半端な回答はできませんが、家族側と介護士の両方の経験がある嫁と真剣に考えて、できるだけ早く返事しています。この方たちには残された時間がないですからね。

このように、今、現在進行形で大切な家族の命をつなぎ止めようと悩んでいる人が大勢います。フォロー外だったし、途中までは抑えてスルーしようと思いましたが、終末期の親を介護する方々を一掃するような「終末期医療と胃瘻は廃止」という発言は聞き捨てなりませんでした。

私は育児経験がなく、誰かさんのように無責任・無関心な発言はできません。きっと育児は相当きついでしょう。想像しただけでも不安になります。でも、これだけは言わせてください

「介護なめんなよ」

まだ介護の経験がない方は覚悟した方がいいと思います。自分も実親はまだ健在ですが、義父の件で相当体感しました。備えてないと簡単に家族全員の人生が壊れると。

PS:ツイートの削除が必要であれば直接言ってください。

その後、義父は亡くなりました

数年に渡り、胃ろうの寝たきり生活をしていた義父は2017年4月24日に亡くなりました。

ずっと意思疎通ができない状態でしたが、鼻からの痰吸引、拘縮、褥瘡、尿道カテーテルと、絶対に苦痛だったであろう日々。まさに、生きているというより、生かされている状態でした。

それでも、病室に行けば微妙な表情の変化、何かを伝えたいであろうという想いも感じ取れた。

家族側のエゴかもしれませんが「この世にまだお父さんが存在する」という事実だけで、どこか安心するのです。

容態が悪化してから息を引き取るまではあっという間。微な生気があった病室は、静かになっていました。その後のことは淡々と物事が進んでいきました。

そして1年経った先日。父親を亡くした嫁さんにとを聞いてみました。

「もしさぁ、安楽死があったら、お義父さんどうしてた?」
「ん〜亡くなる当日ならお願いしたかもしれない」

父親の苦しそうな姿を目の前に、何度も涙した当時の嫁さん。時には「死んだ方が楽だよね」「天国のお母さんと一緒にいる方が良いよね」と口にしていた。

それでも、安楽死という選択肢はそう容易なものではないと重く感じました。

ちなみに、延命処置だと思われがちな胃瘻は延命処置ではなく、ただの治療。延命処置とは人工呼吸器の装着や心臓マッサージを行うことです。

少なくとも、お義父さんが入院していた病院では、誓約書に「延命処置はしない」とサインした上での胃瘻介護でした。つまり、治療である胃瘻を家族の意思で止めることは難しい。

社会保障費や高齢者医療などいろいろな問題はあるけど、今回の件で思った。生前に死に方を決めておくことは大事。

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